最近ではちょっと珍しい、最強とはほど遠い主人公。 妹を救うため、努力し、知恵を絞り、汗をかきながら、今日も迷宮に潜ります

転生や転移といった概念はなく、チート要素なども皆無。主人公は自他ともに認める凡人だが、周囲に見守られながら少しずつ成長を遂げていくさまを見るのは、誤解を恐れずにいえばひと昔もふた昔も前の少年漫画を読んでいるような印象を受ける。
そんな作品が今人気を集めている。しかも10代から20代という若い層からの支持を集めているというのだから驚きだ。なぜ令和の時代にこの作品が人気なのか、そのワケを解き明かすべく作品の持つ要素を徹底解剖してみた。
『かくして少年は迷宮を駆ける』が人気を集める3つのポイント
作品の魅力を紐解く前に、まずはその内容を簡単に説明しよう。本作の主人公ウルは15歳の少年。すでに両親はなく、肉親は妹のアカネのみ。しかし、父親が生前につくった借金のカタに妹がとられてしまう。主人公は妹を救うために莫大な金を集めるべく、数々の難題に挑む⋯⋯というのが物語の基本構造である。それでは作品の魅力に迫ってみよう。
作戦を練る、必死に戦う、そして逃げ出す。生き残りをかけていつもギリギリ
RPGのプレイ経験があればわかると思うが、あの手のゲームはだいたい序盤が厳しい。何回か戦ったら町に帰って全回復しなければすぐに死んでしまう。同様に、本作序盤の主人公はしょっちゅう死にかける。しかも迷宮に現れる魔物は手強く、貧者なゴブリン相手でも囲まれたら滅多打ちに。それが冒険者のポピュラーな死に様の一つ⋯⋯などと描写されているのだから、読者としても油断できない。こんなところで主人公が死ぬことはないだろうと思うような序盤でさえ、そんな予定調和な思い込みを一切拒む緊張感がそこかしこに漂っているのだ。

一方でレベルを上げるとだんだん強くなるところもRPGと同じ。本作にはレベルという概念こそないが、魔物を倒して得る魔力で少しずつ肉体は強化され、倒した魔物から得た素材で武具を強化し、蓄積した経験と知識で強敵を打ち倒すさまは実に爽快。そのあたりはダンジョンに潜っては敵を倒し、キャラや武具を鍛えさらなる強敵に挑むという、ハクスラ(Hack and Slash)的要素も感じられる。
本作の主人公は何度も死にかけながら強敵を分析し、対策を練り、そのために必要な道具類も準備したうえで、ギリギリの勝利を掴む。そうして大金を得る。とても泥臭いが、どこか現実世界で難題に取り組む際の光景とも通じるものがある。そんな作風が新鮮味を感じさせ、多くの若者から指示されているのかもしれない。

魔物から身を守るため、人類は高い壁を築き生活している
ファンタジー作品といえば、あらゆるRPGの「元ネタ」とも称される『指輪物語』に代表されるように、現実世界とはまったく異なる世界で物語が展開されるハイファンタジーと、「ハリー・ポッター」シリーズに代表されるように、現実ともリンクした世界の中で物語が展開されるローファンタジーに大きく分類される。本作はどちらかというとハイファンタジーに分類される物語だ。ここでは本作の世界設定を簡単にまとめてみた。
舞台はイスラリア大陸。600年前、突如世界中に発生した大災害──迷宮大乱立により、魔物がうごめく迷宮が世界中に出現。魔物は迷宮外にもあふれ、城壁外で何日も生き抜くことは不可能と言われている。そのため人類の支配領域は大幅に減少し、安住できるのは城壁に囲まれた都市内部となった。各都市はそれぞれ【都市国】として国家を形成。それらすべての都市国つなぐ大連盟を【天賢王】と呼ばれる盟主が束ねている。

人類は獣人(ガウル)、只人(タダビト)、小人(コロボ)、鉱人(ドワーフ)、森人(エルフ)といった種族に分類される。人々は神殿にて【精霊】と呼ばれる上位存在を崇め信奉し、精霊はその対価として数々の恩恵を人類に授ける。精霊の恩恵なしに人類が生き残ることはできない。
この精霊の力を行使できるのが【神官】と呼ばれる人々で、この世界における上位身分層を形成している。その下に都市に住むことが許された【都市民】が存在し、さらにその下に都市に滞在することを許されず、都市と都市の狭間で流浪する【名無し】と呼ばれる最下級の民が存在する。
神官たちが裕福な生活を送る一方、名無したちは貧しく厳しい生活を強いられるが、そんな名無しでも一攫千金の夢を見ることが出来る職業が【冒険者】だ。迷宮に出現する魔物を倒すと出現する【魔石】は極めて保管や加工がしやすい万能のエネルギー源であり、人類の生存圏を維持するための重要な要素の一つである。冒険者たちは都市国にこれを売って収入を得ている。
冒険者には等級があり、最上位の【黄金級】ともなると1回の依頼で神官が1年間に手にする収入すら超える額を得ることができる。主人公ウルは父親のこしらえた借金のカタにとられた妹を取り戻すべく、短期間で多額の収入を得んがために冒険者への道を歩み始める。
──以上、本作の世界設定を見てきたが、このように練り上げられた世界設定のうえに主人公ウルの物語が構築されていることがわかる。土台がしっかりしているからこそ、豊かなストーリー展開が可能となり、キャラクターが生き生きと動き出すのである。

モブですら愛おしい⋯⋯。登場人物がみんな生き生きとしている!
本作は思わずモブキャラにすら自己投影したくなるほど人物描写が優れているのも特徴だ。主人公たちが行きつけの居酒屋で常連であるモブキャラたちが旅立った主人公たちを懐かしむシーンがある。くすぶっている自分たちの境遇と比べ、若く未来ある少年少女たちが旅立つ場面を見た彼らの心情が丁寧に描写されていた。その場面を読んで、思わず彼らと同様、旅立つ主人公たちに惜別の感情を抱いてしまう人は少なくないだろう。それくらい、作中に登場する誰もが確かな存在感をもって物語世界に息づいているのだ。

モブですらそうなのだから、本作のメインキャラはより印象深い。1巻でヒロインとして登場したシズクはいわゆる美少女だ。魔法の才能にあふれ、誰に対しても献身的で優しい。まさに理想的なファンタジー作品のヒロインである。あまりにも献身的で滅私的な彼女は、恋愛感情など抜きにして自らの肉体すら主人公に捧げようとする。突然そんな場面が出てくる。主人公も驚くが、読者も驚いてしまう。要するにぶっ飛んでいるのだ。もちろんただただぶっ飛んでいるわけではない。何かしら原因がありそうなのだが⋯⋯。
冒険者ギルドの指導教官もまた気になる人物だ。元伝説級の冒険者で、暴力的かつ面倒くさがり。たまに親切な気もするがだいたいにおいては不親切。優しいようで優しくないことのほうが多いという、実に奥行きの深そうな人物である。親切な気がするといっても、直接そういったエピソードが描写されているわけではない。主人公の回想などから「もしかして⋯⋯」とほのかに感じ取れる程度だ。実に気になるキャラクターである。
このように、一般的なヒロイン像や、主人公の師匠枠といったキャラクターの枠に収まりそうで収まらないのが本作のメインキャラクターたちといえる。要はリアルなのだ。現実世界を生きる人間を一言で言い表せないように、本作のキャラクターたちも一言では言い表せない。一人ひとりがそれぞれの意思をもって生きているのである。

以上、本作が人気を博す理由に迫ってみた。作風とストーリー、世界設定、キャラクターのすべてが高いレベルで融合している作品ということが言えそうだ。だからこそ発売1年目にして次にくるライトノベル大賞2024の単行本部門で4位となったのだろう。
もしまだ本作をご存知なければ、ぜひ試し読みから始めてほしい。すばらしい読書時間を提供してくれるはずである。
著者コメント
2025年5月23日最新3巻の発売に寄せて、著者からのコメントを預かっているのでご紹介しよう。
さて、3巻の内容ですが、こちら1つのクライマックスを迎える巻となります。WEB版でも様々なイベントを詰め込んだ章でもありました……が、結果として文章は割と膨大となり、そのままではとうてい1冊にはまとまりませんでした。それらイベントをどのように取りこぼさず、そこから更に新規シナリオを盛るか、編集さんと色々苦悩しました。しかし、おかげさまで完成度は上がり、今の自分の技量を限界まで詰め込みきった1冊となったと自負しております。
是非とも手に取って、楽しんでいただければと思います! よろしくです!!!!
──『かくして少年は迷宮を駆ける』
著者あかのまに