SHARE

デンジャラスなフォルムの練習道具でレッツ運動! 【イントゥ・ザ・自己救済ワンダーランド#01「フィリピン武術教室体験記」】

2025/08/29
フィリピン武術教室体験記
 KADOKAWAのWeb小説サイト「カクヨム」と「メクリメクル」のコラボ連載「ざわつく空籠城 ~カクヨムBuzz作家達の制御不能コラム~」が始まります。「カクヨム」ではやや異端の存在であるBuzz作家の皆さんが、「メクリメクル」に出張、“雑文”コラムを展開していきます。

 連載初回の今回は、 「面白そう!」と思ったら、すぐ突撃! 作家でライターの加藤よしきが、時に真剣、時に脱線(?)しながら綴る冒険コラム。読んだらちょっと誰かに話したくなる、そんな発見を体を張ってお届け!

#01 イントゥ・ザ・自己救済ワンダーランド
フィリピン武術教室体験記

 2025年、夏。わたくし加藤よしきは人体の神秘を痛感していた。

 今をさかのぼること3年前――激しい肩凝り・腰痛・頭痛に悩み、整骨院を尋ねた。医者は私の体を揉みながら言った。「きみ、このままだと仰向けで眠れなくなるぞ」しかし私は生来の事なかれ主義と己すら他人事な危機感の無さゆえ、「はぁ」と生返事。やがてその整骨院が薬草入りの高価なクラフトコーラを買ってくれと迫るようになったので、足が遠のいてしまった……。

 が、それから3年後の現在、本当に仰向けで眠れなくなってしまった。普段から絶え間ない肩凝り・腰痛・頭痛に襲われ、布団に入って仰向けになると、その痛みが×3でパワーアップ。眠れないまま朝を迎えることも。幸いにも例の整骨院がクラフトコーラから手を引いたと確認できたので、「言われた通り、仰向けで眠れなくなりました」と、治療について詳しく聞いた。曰く……。

 仰向けに眠れなくなった理由は、運動不足と緊張が原因だという。体が異様に緊張して、筋肉が不自然な形で固まっていると。仰向けに寝ると普通は筋肉もリラックスするはずが、変な方向に筋肉が曲がっているので、寝ると更に変な形になって負荷が増大し、神経やらを圧迫しているそうな。先生は言った。「運動してください。あとは何でもいいから楽しいことをしてください」。たしかに運動は画期的にしていないし、常に将来の不安に襲われて緊張しており、何かを楽しもうという気持ちも失っていたのも事実だ。

 そんなタイミングで、こちらのメクリメクルさんがコラムの書き手を探しているとのお話をカクヨムさんからきいた。詳しい話を聞いてみると、テーマや内容は自由な感じでOKとのこと。そして他の参加するカクヨム系の作家さんたちは、作品批評や創作論などをしているとも聞き、私もその筋で考えたが……。普段の私は、サレ妻が初恋相手と再会したところを殺人ザリガニが襲ってきたり、病気で余命わずかの少女とその彼氏が病院を抜け出したところを殺人カナブンに襲われたり、そういう小説を書いている。皆さんの役に立つような創作論・批評が書けるはずもなかろうて。

 そこで私は考えを切り替えた。筆を使うのではない。かつて、たけし軍団入門のため家出を計画した童心を思い出せ。私らしく体を張ろう。そう考えると、この肩凝り・腰痛。頭痛すらも天命-TENMEI-……この体の不調が治すため、人生の緊張を忘れる楽しそうな何かに突撃して、その体験記を連載しいこうではないか。

 そんなわけで、これからも色々なことに身を投じていこうと考えている。このコラムを読んだ自分と同じ運動不足で人生が緊張している人、そんな皆様に「あ、これは面白そう。自分もやってみようかな」そう思ってもらえれば幸いです。

 さて、そんな連載の栄えある第一回はフィリピン武術だ。

 色々とドコに行くべきか考えた。しかし、運動するにしても、たとえばボクシングとか、ライ〇ップ的なガチンコ筋トレをやったら、体がバラバラになる自信がある。私の運動神経の無さを舐めないでいただきたい。なおかつ私は、人見知りも激しい。北九州のわがままジュリエットと呼ばれた この私だ。そんな私でも楽しめそうな場所……その答えが、このフィリピン武術だったのである。

 今回習うのは、カリ/エスクリマ/アーニスなどの呼び名で知られる棒を使った武術である。あのブルース・リーも学び、今も世界中の軍隊格闘術に取り入れられている。運動であることは間違いない。さらに、こちらのフィリピン武術教室の講師の方とは数年の付き合いがあり、ご一緒した際に「フィリピン武術って、キツくないですか?」という身も蓋もない質問もぶつけ済み。「大丈夫っすよ」と力強い答えも頂いている。そんなわけで、話は決まった!

 8月某日、私はアーニスクラブ東京の講習会に参加した。場所は中野の公民館の和室。講師は大畠“アンザイ”和人先生だ。ちなみに服装は短パンとTシャツ。冷房が効いている屋内で、道具も貸してもらえるので、文字通り手ぶらでの参加となった。生徒数は5~6人ほどで、格闘技経験者もいれば、そうでない人もいる。実にゆるやかなムードで進み……正直、若干ビビっていたので、凄く助かりました。ありがとうございます。 そんなわけで練習開始。アンザイ先生から棒を借りるわけだが……。

alt

 普通の棒に混ざってデンジャラスなフォルムの練習道具が混ざっており、緊張が高まる。そう、夏の公民館で、穏やかに始まったが、習うものは武術。しかも軍隊格闘術のベースとなるような超実戦派なのである。

 まずは準備体操的に棒を振り回していく。ちなみに棒は本場のフィリピンから輸入されたもの。これが本当に「棒」であり、重すぎず、軽すぎず、握ってブンブン振り回せる。

alt

 さてさて準備体操が終わったら、次は型の稽古へ。決まった順番・方向に棒を振るのですが……ここで難易度が急上昇。肉体的にはキツくはないが……ビックリするほど体が言う事を聞かない。両手で棒を順番通りに振る。文章にすればたったこれだけ。それが全然できない。その理由は……棒を両手で操る点にある。あくまで自分の体感だが、右腕を中心にした「右利きの動き」と、左腕を中心にした「左利きの動き」が、ひとつの型のなかでシームレスに切り替わるのだ。そのため頭がバグってしまう。たとえば「あいうえお」を利き腕で書けと言われたら、速攻で書けるだろう。けれど利き腕の逆で書けと言われたら、どうだろうか? そもそも「『あ』って、この向きで良かったんだっけ?」と悩むだろう。ああいう感じである。アンザイ先生にも「一発で出来る人はいないです。利き手と逆を使うのは“慣れ”なので」と言われたので、ひたすら腕を慣らしていくが……やっぱり難しい。頭を使っている感覚もあり、知恵熱のように頭が沸き始めて――。

 しかし、ここで気になる情報が。それは「レドンダ」という型になったとき、アンザイ先生の放った言葉だった。そのひと言が、私のハートに火を点けた。

 「これ、『トワイライト・ウォリアーズ』の阿七(あちゃ)がやってた動きですよ」

 『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』(2024年・香港)とは、鮮烈なアクションと熱い物語で、ここ日本でも異例の大ヒットを果たした作品である。この映画は良いキャラのオンパレードなのだが、その中でも阿七は非常に独特。普段は気のいい定食屋のオッサンで、いざという時は両手にデカい刃物を持って大暴れ。出番はわずかながら、観客に強烈な印象を残した。この阿七を演じたのが喬靖夫(ジョセフ・ラウ)という人で、本作の活躍で香港の映画賞・香港電影金像奨の新人俳優賞にノミネート。しかも、この御方は俳優でもスタントマンでもなく、なんと小説家なのである。完全な別件で同作のプロデューサーと知り合い、「出てみたら?」と誘われて銀幕デビューを果たしたと。しかも、たまたまフィリピン武術の使い手だったから、アクションシーンも普通に出来たという。多才すぎる人物だ。

 同業者の話題が出たので、自分も頑張らなければ。テンションを上げつつ、次は相手の攻撃を防いで、そのままカウンターを入れる練習へ。これが……物凄く楽しい! 上手く体を使えば、自分のような素人でも、ガッチリ握られた敵の武器を無力化できた。こうした少し物騒な技術を学べるのは、「戦闘」が念頭にある武術ならでは。武器を奪い合いながら、練習パートナーとも「これが武術の醍醐味ですねぇ」とキャッキャしてしまう。

 また、練習中には先生のフィリピン武術の歴史にまつわるお話も。曰く……。

 「まず『※諸説があり』が大前提ですが……フィリピン武術には色んな流派があります。例えばセブの話ですが、対立する流派同士の乱闘や決闘が頻繁に行われていていたらしく、争いの中で磨かれてきた戦闘技術が受け継がれているんですね。棒を使ったスティック・ファイトが主流になる前は、刃物で戦っていた人たちもいました。そこでは剣を前提にした技術体系が受け継がれています」

 心温まる話を聞きながら、練習を続行。せっかくなので先生に技をかけてもらった。ナイフを突きつけたところを、サクっと腕を極められてねじ伏せられた。やられてみると「映画でよく見るヤツだ!」と嬉しくなる。

alt
alt
alt

 一通りの基礎が終わると、その後は自由練習へ。練習相手と攻撃/防御に分かれ、先ほどまで覚えた型を出し合う。カンカンという軽快なスティックな音が心地よい。

 この時間を使って、加藤は「レドンダ」の習得にチャレンジした。練習パートナーになってくださった方からも助言を貰いながら、ちょっと動きも変えてみたり、ひたすら繰り返す。やるほどに、自分の体の動かし方をサッパリ忘れていると痛感する。自分の体なのに、どう動くか分からない。これが運動不足かと頭を抱えつつ、しかし試行錯誤も続けた。自分では大袈裟だと思った動きが、案外ちょうどよかったり、その逆もあったり。自分の認識と、実際の体の動きの溝を埋めていくような感じだ。ちょっとずつ分かって来て、そして遂に……パズルがハマるように、「あ、こういうこと!?」と体がピンと来た。同時に「あ、今のいいですよ」と練習パートナーの方からもお褒めの言葉。その瞬間、脳汁がブワァーと炸裂! 自転車に初めて乗れたような、とにかく気持ちがいい! この瞬間のためだけでも、来てよかった! 体が言うことを聞くって、こんなに気持ち良かったのか!

 こうして練習は終了へ。気が付けば4時間ほど棒を振っていたが、筋肉的な意味での疲れは皆無に近い。むしろ「どっちが右で左だっけ?」と悩んだせいか、脳みそに疲労が残った。さらに変な表現になるのですが、「あ、そういえば私には左腕があったんだな」と思った。肉体が初めての動きに確かに反応している。新鮮な驚き・感覚をたくさん経験できた。いや~、フィリピン武術、とっても楽しかったです!

 そして帰宅後、家で味噌汁を作っていたのだが……包丁で野菜を切っているとき、ふっと「レドンダ」の動きが頭をよぎった。何の気なしに、ゆったりと包丁でレドンダをやってみると……「ああ! なるほど!」と体中に電撃が。包丁でやったからよく分かったのだけど、これ、刃が常に相手に向いて、自分には向かないようになっているのだ。すべての動きに理屈と理由があって、しかもそれは徹底して自分が生き残るためにある。やっぱり武術! 恐るべし! そして、この点を理解すると……よりレドンダの動きを正確に再現できるようになった。
同時に、私はもう一つの事実に気が付いた。

 「趣味や習い事で、人生が豊かになる」と人は言う。あれって、つまりこういうことなのだ。味噌汁作り武術の型が繋がったのだ。と言う事は、色んなことをやっていれば、その「色んなこと」同士が日常の色々な場面で結びつき合って、「あれってそういうこと!?」が起きるのだろう。そういう相互作用が起きることこそ、人生の豊かさなのかもかもしれぬ。そんなことを台所で包丁を手にポーズを取りながら考えた。 肩凝り・腰痛・頭痛を治す旅は始まったばかり。運動をしよう。楽しいことをしよう。さぁ、39歳の夏が始まる――。



この記事を書いたのはこの人

加藤よしき
加藤よしき

仕事を募集中の作家/ライター。
昨年末に初の短編集「たとえ軽トラが突っ込んでも僕たちは恋をやめない」が発売され、好評を博すも、父親からは「もっと一般向けの小説を書け」と39歳にして割かしマジで叱られる。
カクヨムマイページはこちら

別のコラムをもっと見る



取材協力:アーニスクラブ東京


みんなにシェアしよう